2018年8月11日土曜日

バイク借りないか? 昆虫放浪記 台湾編 〜線から点へ〜 その7

前回の記事はこちらから

バイク借りないか?


墾丁に到着し、バスから降り立った。
後ろから声がする。
中国語で何か言っており分からないので無視した。
英語でエクスキューズミーと言われたので振り返る。
バイクに乗ったおばちゃんだった。

バイクに乗ってるはずだが、エンジンの音がしない。

台湾で不思議に思ったことの一つが、エンジン音のしない原付が道路を走っているということだった。
エンジン消して足で蹴りながら走ってるのかと思ったがよくよく観察してみると蹴った様子が見られなかった。

おばちゃんにバイクを借りないかと聞かれた。
免許が無いと答えると、電動バイクならば無くても大丈夫だという。
なるほどそういうことか。
音のない原付は電動バイクだったのだ。

今日はホテルに行ってダラダラするだけだと伝えるとおばちゃんは去っていった。

基本的に僕はカモにされやすいのかもしれない。


セールストークをされるとついつい買ってしまう。
マルチ商法だとかそういうものに捕まって抜け出せる自信はあまりないのであるよ。


墾丁の街を少し歩き、ホテルの目の前にたどり着いた。入口が謎だったので立ち往生していると、ホテルの人らしき兄ちゃんがこっちだよと声をかけてくれ、案内してくれた。

案内しながら、バイク借りないか?と聞かれた。ホテルの人ではなく、向かいのレンタルバイク屋の兄ちゃんだったのだ。
今日は借りないよと伝えると、借りたくなったら声かけてとのこと。

うむ。多分借りない。


南国の楽園

ホテルの名前は「Kenting My Home」だった。
カプセルホテルではあったがタコ部屋のようなのではなく、なかなかおしゃれな内装で鍵もかかる部屋であった。お値段もリーズナブル。しかも朝食付き。

少し疲れていたのでテレビでも見ながらくつろごうかと思ったが、案外その時間がもったいないと感じだので、街へくり出すことに決めた。


屋台が賑わい始める時間帯だ。
屋台飯もいいが今日はゆっくり食べたかったので中華料理店へ。
何を食べたかはまた後日の記事で台湾料理特集っつうことでまとめて書こうかと思う。


夕飯後、近くの浜辺で一休み。
その辺の砂浜に腰を下ろし、夕日を眺めた。


誰かと一緒に眺める異国での夕日も良いとは思うが、一人で眺める異国の夕日もなかなか良いもので、そういえばあいつ今何してんのかなとか色んな人に思いを馳せたりした。


再び街へ戻ると、屋台が大賑わい。
懇丁には3泊したが、連日屋台は大賑わいで毎日がお祭りのようだった。
それでいて人が多すぎず、かといって少なすぎず、ちょうど良い多さであった。

「ゆったりした時間」というものがそこには確かに存在した。



つづく

2018年7月30日月曜日

なんか読めるぞ台湾語(中国語) 昆虫放浪記 台湾編 〜線から点へ〜 その6

前回の記事はこちら

寿山国家自然公園で昆虫ハント

犬が怖かったので周り道をし、ようやく公園内に入った。
よくよく調べて見たら、高雄市には寿山国家自然公園が2つあるらしく、僕が行ったのは左營駅近くの寿山国家自然公園の半屏山園区というところであったらしい。
うっかりうっかり。


なかなかに木が生い茂り良い感じ。


干上がりかけの池なんかも趣がある。



ハチさんに遭遇。ちょっとデカくて怖い。
海外の全く知らない昆虫の得体の知れなさはヤバイ。


ようやく蝶に遭遇。
3月16日という、日本ではシーズンオフ期だったので、写真を撮る腕がだいぶ鈍ってるなと思いつつ撮影。


暑くなってきたので服を一枚脱ぐ。
日本はまだまだ寒い日が続いており、移動中に風邪をひくといけないから重ね着をしていた。
旅行先とで季節が大きく変わってしまう時期の服装選びはかなり難しい。
服のせいで荷物も多くなってしまうものだし。

それにしても蝶との間合いが上手く詰められぬ。


トンボ氏。


疲労もピークに達してきたので、ほどほどに切り上げた。


公園から出ようと思った矢先、やつらが現れたのである。


工事の真っ只中を野良犬が徘徊している。
ショベルカーに乗ってる人は怖くないのだろうかと思いつつ、僕は公園を後にした。


なんか読めるぞ台湾語(中国語)

夕方までには懇丁に着きたかったので、少し早いが高雄を去った。
バスに揺られること3時間。


なかなか快適なバスでほぼ徹夜明けの身体もだいぶ回復した。

懇丁までの移動も特に迷うことなくスムーズであった。

その理由の一つに漢字がなんとなく読めるということが挙げられる。
日本語の漢字と中国語の漢字とでは全く異なるもののほうが多いのであるが、これってそういう意味だよな?と考えて当たることが多い。
料理の名前なんかもなんとなく文字から想像できてしまったりもする。

文字の成り立ちを考えると意味がわかるところが漢字の魅力的な部分だろう。

とはいえ何となく意味が汲み取れる言語の国へ行くのと、全く意味のわからない言語の国へ行くとでは、旅の難易度がかなり変わってきてしまうものだなと感じた。

旅自体を楽しむのか昆虫の撮影に重きを置くかで、どこをどういう風にストイックにしていくかということが今回の台湾旅の大きな課題となったように思う。

つづく

2018年6月25日月曜日

心配されすぎ人生 昆虫放浪記 台湾編 〜線から点へ〜 その5

前回の記事はこちら

高雄まで向かう新幹線

新幹線は新竹市に停車した。
思いのほか下車したした人が多く、僕の目の前の席が空いた。

座れてよかった。
コンビニで買ったおにぎりを取り出し、食う。
そぼろがボロボロとこぼれ、カバンの奥深くへ沈んだ。

窓の外を眺めながらここ何時間かのことを考えていた。

正直なところ今回はリサーチをしすぎたように思う。
行き当たりばったりのドキドキ感がなかった。
リサーチせずとも、いざとなれば筆談で聞けばよかったのである。

そして、リサーチをした割に荷物の準備をしなさすぎた。
飛行機に乗り込む時の高揚感もなく、近所の山へ虫撮りに出かけるような感覚が抜けなかったのである。
準備するときのわくわく感を味わう、というのを完全に放棄していた。

旅は準備をするところから始まるものであるよ。


やはり電車は眠りやすいのか、
気がついたら高雄(左營駅)に到着してしまっていた。


寿山国家自然公園へ

高雄で1泊するか否かで相当悩んだが、通過するだけに留めた。
せっかくなので、左營駅周辺を探索することにした。

こんなところにも三越があるんだなぁ。


すげえポスターだったので何となくパシャり。


ちょっとした小道には牛の置物が。


なんなんだこいつら。




三越のフードコートで腹ごしらえをしたあと、
寿山国家自然公園へ向かった。

公園へ向かう道中に民家があった。
民家の前には野犬らしき物体がタムロしていた。

台湾で野犬に噛まれた人が亡くなっただのそういった話をオカンから聞いていたのでルートを変えて回り道することにした。


心配されすぎると何かが拗れる?

男子にしては過保護に育てられたように思う。
まぁ大事にされて育ったとでも言おうか。

そんなに悪いことをした覚えはないのであるが、かなり心配されながら育ってきた気がする。
怪我するから木に登ったらいけませんよ、とか危ないことしちゃいけませんよと散々言われた。

愚直にも僕はオカンの言いつけを守り、木にも登らなかったし危ないことは何一つしなかった。(多分)
オカンに何か言われるからという理由で、挑戦をしなかったことが結構あったように思う。

そりゃただ単に自分に言い訳してるだけでしょ?という人もいらっしゃるであろう。

半分正しくて半分違うと僕は言いたい。
流石に大人になってからいつまでも人のせいにするのはみっともない話であるが。

あまりにも心配されすぎると、挑戦する意欲を失わせてしまうことにもなると少し思う。
何をするにしても心配されるので、その「心配される」ことが面倒だと感じるようになり、結果として挑戦すること自体が億劫になってしまう。

必要以上に心配してその人の可能性を削ぐようなことがあってはいけない。


時と場合に依るのかもしれないが、
心配することはその相手に対して信頼をしていないことと同じでもある。信頼していないから心配しなくていいようなことまで心配する。

いろいろと人の心配するのもいいが、もしもがあった場合にどういう立ち回りをするべきかという話をする方が建設的だとは思う。

心配されがちな人は、もしもがあったときの立ち振る舞いを、心配する人によく言って聞かせるべきなのかもしれない。

結局のところ、「もしも」のリスク回避を論理的に考えず感情的に捉えてしまうのが心配ってものだ。

と、最近スズメバチに襲われそうになった僕は考えた。



まあ流石に校舎の2階から飛んでやるぜみたいなことをする奴を心配しないのはおかしな話だが、それはまた別の問題ではある。

2018年6月13日水曜日

においについて考える会。 昆虫放浪記 台湾編 〜線から点へ〜 その4

前回の記事はこちら

高雄まで向かう新幹線

さて、SIMカードを手に入れた後、僕は新幹線(台灣高鐵)で高雄へ向かうことにした。
ほぼ徹夜状態でお腹が減ってしまっていたので空港のバーガーキングにでも寄って何か食べてしまおうと思ったがやめた。
徹夜のジャンクフードほど胃に悪いものは無かろう。

桃園空港から新幹線桃園駅までは少し距離があるので、電車に乗り込む。
台湾だと結構駅構内は飲食禁止だったりするので、改札へ入る前に水分補給をしておいた方が良い。夏場とか辛そうだ。


新幹線桃園駅に着いた。
空腹を満たすためにコンビニへ。おにぎりなるものがあったので買う。お味は肉そぼろ。
日本でも売ってそうなやつだ。

駅構内はどうやら飲食okならしく、おやつやらなんやらが売られていた。

新幹線に乗る人の列。うむ。
なるべく体力の回復を図りたいが、これは立ったまま高雄まで2時間我慢せねばなるまい。
1本見送って次のに乗ろうかと思ったが、30分に1本とかそんなもんなのでさっさと乗ることにした。

新幹線がやってきた。
ほお、日本製なだけあって日本のとそっくりである。
(写真は帰りの新幹線。大事な外観の写真は撮り忘れた...)



台北で多くの人が乗ったのだろう。桃園駅へは満員での到着だ。
通路にも人がたくさん。
ぐぬぬ。
マイリュックサックが結構でかくて邪魔になっている。
そして、隣りのおっちゃん汗臭い...。

においについて考える会。

まこと匂い(臭い?)に厳しい社会である。
しかし僕自身もにおいには厳しいかもしらぬ。鼻が効き過ぎるからである。

これから夏場である。
満員電車の汗のにおいが気になる季節。

つり革を持った腕の脇がガラ空きだ。
そこに鼻の高さが丁度僕の脇にあたる女性なんかが来る。
申し訳ないと思いつつ、そっと脇を閉じる。

自分の脇は果たしてどれぐらいにおうものなのか。
鼻を近づけてようやくにおう、という状態であっても周りの人からしたら結構におっているものであるのかもしれない。
自分の身体のにおいを常に嗅いでいる状態でもあるから、鼻は完全に麻痺しているといっても過言ではない。

気休めとしていろいろボディーペーパーやら制汗スプレーなんか撒いたりしているが正直のところ本当に効き目があるのかはよくわからぬ。撒いた以上に汗をかいてしまうのだ。

いっそのこと香水でもブチ撒いてやろうかと思う時もあるが、香水のにおいが僕はあまり好きではない。

まして昆虫ハンターたるもの、香水でにおいを撒き散らす訳にはいかない。
スズメバチが寄ってくる来たりすることもあるからだ。


においにもっと大らかな時代に生まれたかったが、これだけ制汗スプレーが普及してる以上、僕はこの時代を迎合するしかないようである。

2018年6月10日日曜日

ツレが痴漢に遭いまして その1 男尊女卑社会

以前、昆虫放浪記マレーシア編で以前女性専用車両に乗ってしまったという話を書いた。

それに付随して、かなりライトな感じで男女平等とはなんぞやみたいな持論を展開してしまったのであるが、
最近、逃げ去っていく痴漢が捕まえられるのを目撃したり、身近な人が痴漢に遭ったりしたので、改めて男女平等について考えたいと思う。
結構デリケートな内容であるので、考えが変われば定期的に書いていきたいと思う。


男尊女卑社会日本

日本はかなりの男尊女卑社会である。
平成の終わりの年を迎えてもだ。

ここ最近に起きた象徴的な出来事といえば、大相撲の土俵で人が倒れた時に女性は上がらないでくれとアナウンスされた事案だろう。

伝統だから、という理由でナチュラルに女性差別をしている。そこに罪の意識はない。


僕もナチュラルに女性差別をしていた節がある。
マレーシアの記事で、男性の権利が脅かされていないだろうか?とまで書いてしまった。
女性専用車両の本質を理解しようともせず、「専用」という言葉だけに目がいって批判し、女性専用車両に乗り込む男性YouTuberを英雄視していた。


考えは、変わった。
身近な人が満員電車で痴漢されたという話を聞き、僕は憤りを覚えた。

痴漢する者の心理として根底にあるのは女性に対する差別意識だろう。

また、痴漢に対しての考え方が甘い男性が多いようにも思える。
「痴漢なんて勘違いで、別に減るもんじゃなし、ちょっと触られただけだろ?」
という考え方だ。
僕もその人に話を聞くまでは少しそう思っていた。

しかし実際には下着の中まで手を入れられたらしく、
勇気を振り絞りやめてくださいと言い、事なきを得たという。
その時の恐怖は如何程のものだっただろうか。

僕は痴漢した男を絶対に許さない。


女性に対しての尊重というものがもしかしたら日本人男性は欠けているのかもしれない。

その最もたるやが数兆円の市場規模を誇るポルノ産業だろう。
多種多様なジャンルがひしめき合い、あらゆるシチュエーションを網羅しているが、そこに人間の尊厳といったものなどはない。

女性を尊重するということを忘れ、ポルノを見ることで現実逃避をする男が多過ぎるのだ。


......。
という感じで、怒りに任せ自分のことを棚上げして書いたのであるが、僕はふと冷静になった。

本能としての性と理性という視点、社会的な男女の視点、
それらの視点を混同してしまっていたのかもしれぬ。

人間が本来持っている欲求に対する適切な処理の問題と、実際に罪を犯すことや社会的な反応などの問題は分けて考える必要がある。


少し距離を置き、本能としての性と理性から痴漢について考えようと思う。


つづく





2018年5月27日日曜日

現金とSIMのはなし。 昆虫放浪記 台湾編 〜線から点へ〜 その3

前回の記事はこちら

現ナマには手を出すな

桃園国際空港に着いた。
旅をするには現金を手に入れねばならぬ。

ここでは、どのような方法で現金を手にするのかお得なのか考えてみる。

方法としては、
1). 為替レートの良い銀行で両替してもらう
2. クレジットカードのキャッシング枠を使う

楽な方法としてはこの2つかなと思う。

僕が台湾へ行った時は、1台湾ドルが3.7円ほど。
両替所のレートは1台湾ドルが4.1円とかそんぐらいだ。

こんな計算をするといつも頭がこんがらがってくるので、こういうふうに考えている。

100台湾ドルを買うのにそのままのレートだと370円で済むのに、
両替所のレートだと410円になってしまうと。
わかんないときには10倍100倍で考えるのがよいんだな。(アホ丸出し)

今回は7000台湾ドル使ったので、
1). 両替所を利用した時の費用は7000×4.1=28700(円)


2).今度はクレジットカードのキャッシングを使うことを考えてみる。
現地のレートがそのまんま適用されるので、だいたい1台湾ドル3.7円。
それに手数料が100台湾ドル。それに加えてキャッシングの金利が年率18パーセント。

まずはキャッシング+手数料
7000×3.7+100+3.7=26270(円)
キャッシングの金利が年率18%で1週間後に全額返済すると仮定。支払うべき利息が
26270×0.18/365×7=90.6854(円)
キャッシングで7000台湾ドル手に入れる費用は
26270+90.6854=26360(円ぐらい)
になる。
もちろん返済のタイミングでもっと安くもできる。


両替所とキャッシングの差は
28700-26360=2340(円)

これを大きいか小さいかどう考えるかである。
一人暮らしの1週間分の食費と考えると結構大きな額ではある。

ちなみにこちらのシネマイレージカードセゾンのクレジットカードを使いました。
https://web.saisoncard.co.jp/st/cinemileage/14egst.html


SIMを手に入れる

今回は中華電信のsimである。
5日間使い放題で300台湾ドル(だいたい1200円)というsimでござる。

実際のところ使い放題っていうのがよくわからん。
日本だと使い放題って書いてある割には小ちゃく「速度制限ありますよ」みたいなのが多過ぎるからだ。

この中華電信のsimも検証してみる必要はあるのかもしれない。(誰かお願いします)


ここで少し海外のレンタルwifiについて考えたいと思う。

過去にオーストラリアへ行った時にレンタルwifiを借りて行ったのだが、wifiルーターの電池の減りの心配だとかでモバイルバッテリーを余計に持っていかねばならぬし嵩張ってしまうだとかで、結局simフリーのスマホでsimカード買って行くほうが賢いように思う。

料金的にも1日900円とかそんぐらいにもなる。

複数人で使い回すならありなのかもしれないが、やはり電池の減りで1日中使えないとか余計な心配が増えてしまうのは余り良くない気もする。


そもそも海外行ってわざわざネットをしまくるんだろうか?
家族や知人への最低限の連絡と、マップや現地情報収集程度でよいだろう。
動画なんか見てる暇があるならば散歩でもしてこれば良いのだ!

と、台湾最終日の僕に言ってやりたい。

2018年5月8日火曜日

一人旅は孤独であるか? 昆虫放浪記 台湾編 〜線から点へ〜 その2

前回の記事はこちら

羽田空港寝床探訪記

飛行機の時間は午前5時である。
2時間前には空港でチェックインをしなければならない。
ということは3時には空港にいる必要がある。
もちろん午前3時に電車はない。

徹夜である。

前日はゆっくり過ごしたつもりであるが、準備やらなんやらに追われて少し疲れたまま羽田空港へ行くことになってしまった。
このままでは疲労を抱えたまま台湾へ行くことになる。
疲れのせいで虫が撮れぬのは非常に困る。

時刻は午後11時過ぎ。
空港で寝床を探すことにした。


チェックインカウンター階のちょっとフカフカの椅子はだいたい埋まってしまっていた。
仕方なし。
上の階の京都っぽい趣きのある飲食店街には硬い長椅子がたくさんあるが、これでは眠れぬ。
さらに上の階へ。

飛び立つ前の飛行機をテラスからみることのできる階である。
テラスへ出るところがちょっとした円形の広場になっており、その円に沿った長い椅子が設置されている。残念ながらふかふかではない。

荷物を降ろし、椅子に横になる。
リュックを枕がわりにする。

うとうとしかけたころ一人の男性がやってきて、僕の足を伸ばした先で横になり寝始めた。僕の足の匂いを嗅がれるポジションだ。それが気になって僕は少し脚を縮こませた。
...いや、あんたもうちょい広いとこ空いてるやん。

眠れなくなってしまったので、移動。
時刻は午前0時半。

チェックインカウンター階へ戻った。
さっきよりも少し人が減っていた。

空いている席を探す。
おおお、隅っこの席でしかも隣がいないというベストポジションを発見。
手すりがあって横にはなれぬが、まあふかふかだからよしとしよう。

30分ほど寝ただろうか。
すぐ後ろの席が騒がしい。

話を聞いていると、同郷人の男女が偶然空港で再開したらしい。
どちらも学生のようだ。
女性の方は春休みで旅行ばかり行っている。今は香港から帰って来たばかりで先週はベトナム、来週はハワイへ行くんだとかなんだとか。
どこにそんな金あんの?と男性。
親がね、ふふふ。と女性。

お嬢様で羨ましい。
箱入りというわけでもなく一人で旅をするという自由も与えてくれている。
いい親御さんだな。

とかいろいろな話を聞いているうちに眠れなくなってしまったので、移動する。
が、移動するにも疲れるので適当なところで腰を下ろし時が過ぎるのを待つ。

チェックインの時間になった。


一人旅は孤独であるか?


台湾への飛行機は女子大生が多かったように思う。
隣の席も女子大生のグループが座っていた。

ふと思い返す。
僕は友達と遠出をしたことがあっただろうかと。

学生時代にはサークルの合宿や研修などで大勢で遠出することはあったが、個人的な遠出はいつも一人だったように思う。

誰かと遠出するのが億劫だったというわけではない。
誘われて計画を立てるはいいが、みんなと都合がつかず結局流れてしまうなんてことが多かった。

僕自身が思いついたらどこか行ってしまう気質でもあるので、計画立てて云々という話に混ざると何らかの影響を及ぼしてしまうのかもしれない。


となりの女子大生たちのひそひそ話が聞こえてくる。
「歯磨きしてぇ」とか「顔洗いてぇ」とかそんな内容だったが、その場の感情を共有できる仲間がいるっていうのは羨ましいなと感じた。

ここで旅と旅行の違いについて考える。

旅は自分のレベル上げ、だと僕は思う。
自分のレベル上げをするものだから、時には過酷、時には退屈でなければだめだ。
自分自身とひたすら向き合う。そんな時間が旅。

反対に旅行は気楽なもので、訪れた先々を存分に楽しむというものだ。
気の赴くまま、足の赴くまま、景色を味わう。そんな時間が旅行。


女子大生複数人に対し、僕は一人である。
一人ってのは寂しいといえば寂しいものであるが、なんだかんだで僕は飛行機や電車の窓の外を呆然と眺めるのが好きだし、どこかの公園で一人ぼーっと過ごすのも好きだ。

自分一人で、訪れる先々を楽しんでいる僕がいることに気が付いた。
なんだか自分自身と向き合う時間自体も楽しんでしまっているようにも思った。

「自分探しの旅」ばかりしていたが、いつの間にか「自分探しの旅行」に変わっていたのだ。


楽しいぞ!
一人旅行!自分探し旅行!

つづく

2018年3月13日火曜日

めちゃくちゃ痩せた話 その2 映画部と写真部入って15キロ痩せる

前回の記事はこちらから。

大学では運動したくない

僕は大学では絶対運動部には入らないと心に誓っていた。
なんとなくだが自分の将来に何の足しにもならないから大学で運動部に入っても意味がないとずっと思っていた。
(そんなことを考えれば中高生の部活動も何の足しにもならんがモテたいとかそういうのあるじゃん?)

映画がずっと好きだったということもあり僕はまず映画部に入った。
みんなちゃんと映画撮ってんのかな〜??
とか思っていたがゲームで遊んでいる人がほとんどで、気が向いたらこの辺のカメラ使って何か撮っていいよ、というゆるふわな映画部であった。

僕はしばらくそんな映画部に入り浸っていた。

しかしである。
映画部の部室はサークル棟と呼ばれる建物の4階に位置した。
学生の掃き溜めのような建物であるのでエレベーターなど存在しない。
故に4階まで階段で上らなくてはならなかった。

なぜダラダラするのに4階まで階段を上らなくてはならぬのか?
そう思った僕は1階に位置するサークルを巡ることにした。

幸運にも、1階には写真部が存在した。
これなら映画にもちょっと近い。

気がつけば僕は写真部の部室の住人になってしまっていた。


映画部と写真部入って15キロ痩せる

映画部と写真部。
側から見れば何気にアウトドアっぽさが漂う響きである。

実情はどうであろうか。
人それぞれではあったが、僕自身にはアウトドアの欠けらもなかったように思う。
思い返せば友達とスーファミのゲームしていた記憶しか無い。

インドアな生活をしていて、僕はそれでも15キロも痩せてしまったのである。

人間は、食べなければ痩せられるのである。
すぐに痩せられた!なんていうクスリとかそういう類は一切信用してはいかんのである。

ただ、僕には痩せようという意思はなかった。
ひたすら1日の食費を抑えたいということに躍起になっていた。


ここで、激やせ時代の1日のメニューをご紹介しよう。

朝:野菜ジュース1杯
昼:菓子パン1個
夜:米1合、味噌汁

トータルで1日200円に届くかどうかというメニューである。

とある日には節約したいという一心で、豆腐ともやしを突っ込んだカレーも作ったりした。
水分が多すぎてめちゃくちゃ不味かった。ここまで不味いカレーに出会うことはもうないだろう。

激やせメシを始めた頃はかなりの空腹感があったが、しばらくするうちに胃が小さくなってしまうのか、食べ物が思うように体の中に入ってこないという状態になった。
食べなくてもいいや、みたいになる。

食べなくてもいいやという状態になったものの、やはり活動するためにはカロリーというものが必要だ。
坂道を自転車で上がる時の疲れ具合が明らかに違う。
食わなさすぎて坂道を上がれないのだ。

僕が出した結論がこちら。
食べてないときは活動してはいけない。

僕は家に引きこもることを覚えた。

こんな生活がしばらく続いた。
大学1年の6月ごろの写真を見返すと、この時点ですでにマイナス10キロは行っていたように思う。

挨拶ぐらいはする友人(本当に友人なのか?)には別人と思われてしまっていたほどである。

夏になり、実家で久しぶりに体重計に乗った。
15キロの減量に僕は成功した。


大学デビューできたかどうか、それは僕にもわからない。


 おわり

2018年3月1日木曜日

めちゃくちゃ痩せた話 その1 激太り時代

激太り時代

かれこれ10年ほど前の話になるが、僕も大学受験なるものを経験した。
しかも2回。
受かる人間がいればその分落ちる人間もいるのだ。

1回目の大学受験を終え、晴れて僕は浪人となった。
勉強漬けの毎日が続く。
日々の楽しみといえば昼のお弁当と晩ごはんのメニューぐらいであった。

予備校と家を行き来するだけの毎日。
運動をする暇があるのならば英単語の一つや二つを覚えろ、そう胸に刻み勉強に励んだ。

予備校が休みの日、家で勉強をしていると、おかんが差し入れのおやつを持って来てくれる。

....知らないうちに僕は激太りしてしまっていた。
体重は今と比べると15キロ近く増加していた。


激太り時代のメシ

僕は大学に入って一人暮らしをするまで、米を毎食1合は食べていた。
中学生の頃から、おかんが米はとにかく毎食1合食べて大きくなりなさい、と言うので仕方なしに食べていた。
(まぁ結果として横に大きくなり縦にはあまり伸びずということになったのだが。)

とある日のメニューがこちら。
朝は米1合・味噌汁・焼き魚
昼は米1合分のおにぎり・ウインナー・卵焼き
晩は米1合・味噌汁・とんかつ・キャベツ

おかずに対して米の量が多く、糖分の摂りすぎである。
運動していればまだ消費できるといえば消費できる量ではあるのかもしれないが、頭脳労働にしては糖分が多すぎたため、結果として僕の脂肪と化することとなった。
(おかんのメシに文句つけているだけみたいだ。ごめんね)

とにかく脂肪が体全体に付着していた。
手にも膝小僧にもケツにもありとあらゆるとこにだ。

センター試験当日におかんに撮られた自分の写真を見て僕は愕然とした。
「一体誰だこのデブは...?」


初めての自炊

大学への進学が決まった。
一人暮らしをすることになった。

僕は大学デビューを夢見ていた。
可愛い女の子、楽しいサークル活動、さぞ華々しい生活が待ち受けているのだろう。

とあるサークルの新入生歓迎コンパへ僕は出席した。
大学デビューするぞと意気込んで男女や年齢関係なく色々な人に話しかけた。
そこで僕は酔っ払ったとある先輩にこんなことを言われるのである。
「お前まずその腹何とかしろよ」

僕はただの大学デブだった。

まあそんなこともありつつ、
僕は自炊というものを始めた。

一人暮らし初日や2日目あたりは実家でおかんが作っていたような料理を真似して頑張っていたが、とある壁にぶち当たってしまった。

食費にコストがかかりすぎているのだ。

実家でおかんが使っていたような色んな食材を買うとめちゃくちゃ高くついてしまうことに気がついた。
家族分を買うからトータルで見ると安くなるのであるが、一人暮らしではそうもいかない。使い切れないという事態が起きてしまう。
そのころの僕は賞味期限を過ぎたら食べてはいけないという常識に捉われていたため、食材まとめ買いを躊躇するようになってしまった。
そして何より毎食自炊するのは面倒くさい。

僕は次第に自炊しなくなっていった。
かと言って金はかけたくない。

出た結論は断食であった。